A 日本でアスベストという言葉が広く知られるようになったのは2005年6月頃からでした。そのころ、日本国内では、市民、政治家、マスコミもアスベスト問題にそれほど関心を示さないまま、使い続けられていました。 国際労働機関(ILO)がジュネーブの会議で、アスベスト製品の代替や安全管理を促すための「石綿の使用における安全に関する条約」(石綿条約)を採択していましたが、日本政府がこれを批准する動きはありませんでした。1992年にアスベスト規制法案が国会に提出されましたが、一度も審議されることなく、廃案になりました。 労働者の被害だけでなく、アスベストを原料にした水道管を製造していた尼崎市の旧神崎工場周辺の住民が中皮腫を発症したのです。これを契機にマスコミと各社が競うようにアスベスト問題を報道しました。 2000年にブラジルNGOや医師らによる「第1回世界アスベスト会議」が開催されました。アメリカの女性が、モンタナ州のリビー鉱山周辺でのアスベスト被害を写真や悲しみの詩を交えて報告しました。「一般住民がアスベストを吸い込んで中皮腫を発症するなど、深刻な被害が出ている」というものでした。鉱山では、断熱材などバーミキュライトが採掘されていましたが、アスベスト類が混入しており、周辺地域を広く汚染し、アスベスト被害が拡散していったのです。 この会議に参加していたのは、日本の労働組合や市民団体で作った「石綿対策全国連絡会議」事務局長の古谷杉郎氏、医師の名取雄司氏、「環境監視研究所」の中地重晴氏、市民団体「アスベスト根絶ネットワーク」の長倉冬史らでした。 1960年に南アフリカのワグナー医師は、アスベスト鉱山周辺の中皮腫患者の職歴、居住歴を分析し、アスベストと中皮腫の因果関係を明らかにしました。被害者には、鉱山労働者の他に、主婦、牛飼い、農夫、保険業者、会計士などが含まれていました。イギリスのニューハウス医師はロンドン病院で中皮腫と診断された患者を調べたところ、自分や家族にアスベストの職歴がない住民達が多く含まれていました。 これらの研究は、アスベストを吸った量が比較的少なくても中皮腫を発症する可能性があり、鉱山、工場付近の一般住民にも被害が及ぶ可能性があることを示すものでした。 早稲田大学の村山武彦氏は、1966年に東京で開かれた「世界がん会議」で、アメリカ・ペンシルバニア州衛生局の担当者が、工場近くに居住する一般住民が環境に飛散したアスベストを吸って中皮腫を発症したと報告していることから、政府がアスベストで肺癌や中皮腫を発症するという認識は1960年代、一般環境に影響し得るという認識は遅くとも1970年代には存在したと考えました。 カナダでは、鉱山がフランス語圏のケベック州に集中していたことから、ヨーロッパでの売り込みの拠点をフランスに置いていましたが、1996年フランスも輸入禁止としました。カナダはILOに提訴しましたが、第1回世界アスベスト会議の時に、WTOは、カナダの訴えを却下しました。 世界各国でのアスベスト禁止に向けた動きを受け、日本の村山教授らは、イギリスの研究手法にならい、過去の胸膜中皮腫の死者数の傾向から将来の死者数を予測する研究を始めました。その結果、2000年からの40年間で、日本では10万人が亡くなるという予測結果が出たのです。この研究は、2002年に新聞で取り上げられ、「アスベストは日本でも多くの癌を招き、深刻な問題となる。」と報道されました。 日本での、中皮腫による死者は、厚生労働省の動態統計では、1995年に500人だったのが、2004年は953人と2倍近くになり、増加傾向が鮮明になってきました。その上昇傾向は、被害予測を追認していったのです。日本のアスベスト使用量の推移に対し約40年のギャップを経てピタリと一致しているようにみえたのです。
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