A 大阪府南部の泉南地域に提起されたアスベスト訴訟をいいます。 大阪府南部の泉南地域では、20世紀の初めから最近になって全ての工場の生産を中止するまで、100年以上にわたり石綿製品が生産され続けてきました。最盛期には下請けの零細企業まで含めると200社以上、従業員総数2000名あまり、石綿製品全国シェア60~70%を占める時期もありました。 石綿工場が住宅地、農地の中に混在したので、労災型被害と公害型被害が混在し、いわば地域ぐるみの汚染が発生していました。1930年代から深刻な汚染が認識され、行政による疫学的・臨床的検査が行われ、石綿肺罹患率の高さが明らかになりました。 泉南アスベスト訴訟の原告は元従業員とその家族、近隣住民、近隣で農作業を行ってきた人々です。病名は、石綿肺、肺癌などです。この訴訟では国だけが被告として訴えられました。その背景には、泉南地域の石綿工場の大半は零細企業であり、既に廃業したり、つぶれたりしているか、クボタショックのように企業の支給による救済が事実上不可能であったため、国による救済が不可欠であったことなどが原因でした。 しかも、アスベストによる人体への影響は、潜伏期間が長く、民間ではその危険性を把握するうえで限界があった反面、国は調査による情報を独占していたのです。国による解明・情報公開のもつ意味合いはおおきかったのです。 ➀ 大阪地判平成22年5月19日判決 本判決は、国の責任を肯定しました。昭和34年頃には、石綿肺についての、昭和47年頃には肺癌・中皮腫についての知見が確立したとし、昭和35年までに、国は旧労働法、労働安全衛生法に基づき、その委任の趣旨に沿った具体的措置を定める省令制定権限を行使し、省令を制定して局所排気装置設置を命ずべきであり、また、昭和47年の時点において測定とその結果の報告及び改善措置を義務付けるべきであったとしました。国の規制権限の不行使による責任を認めた画期的判決でした。 しかし、この判決は規制権限の不行使を専ら労働安全衛生法に関する法規に求め、大気汚染防止法等の環境関係法については、アスベストが広く一般環境上の問題としてとらえられるべきであるとする知見は昭和43年ころまでに蓄積されていたとはいえないとしました。しかし、工場と住民とがアスベストに曝露した場所とは近接しており、労働関係法規の中に近隣曝露の防止、低減の趣旨を読み込む余地はあったように思われます。 ② 大阪高判平成23年8月25日判決 この判決は、上記判決の控訴審であり、国の責任を認めた原判決を破棄し、国の責任を否定しました。その背景には、「弊害が懸念されるからといって、工業製品の製造、加工等を直ちに禁止したり、あるいは、厳格な許可制の下でなければ操業を認めないというのでは、工業技術の発達及び産業社会の発展を著しく阻害するだけでなく、労働者の職場自体を奪うことにもなりかねない」という産業重視の考え方がありました。 ③ 大阪地判平成25年12月25日判決 第2陣訴訟の一審判決であり、国の責任を認めました。この判決は、「旧労基法及び安衛法が上記具体的措置を 省令に包括的に委任した趣旨は・・・その内容をできる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見に適合したものに改正していくためには、これを主務大臣に委ねるのが適当とされたことによるものである。」「労働大臣の同法に基づく規制権限は、・・・できるだけ速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時にかつ適切に行使されるべきものである」「昭和35年3月31日までには、石綿紡織工場等の石綿工場に局所排気装置を設置すること及び粉じん濃度の評価指標を設定して局所排気装置の性能要件を定めることがいずれも技術的に可能であったのであるから、労働大臣は旧安衛則を改正するか、新たな省令を制定することにより、罰則をもって石綿粉じんが発散する屋内作業場に局所排気装置の設置を義務付けるべきであった」としました。 この判決は、その控訴審である大阪高判平成25年12月25日により、支持されたのです。 ④ 最判平成26年10月9日 高裁の判断が分かれる中、最高裁は、次のように判断して国の責任を認めました。 「旧労基法は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものとして労働条件を確保することを目的として(1条)、使用者は粉じん等による危害防止等のために必要な措置を講じなければならないものとし(42条等)、安衛法は、職場における労働者の安全と健康の確保等を目的として(1条)、事業者は労働者の健康障害の防止等のために必要な措置を講じなければならないものとしている(22条等)のであって、使用者は事業者が講ずべき具体的措置を命令または労働省令に委任している。」、「労働大臣の上記各法律に基づく規制権限は、粉じん作業等に従事する労働者の労働環境を整備し、その生命、身体に対する危害を防止し、その健康を確保することをその主要な目的として、できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時にかつ適切に行使されるべきものである」、「労働大臣は、石綿肺の医学的知見が確立した昭和33年3月31日頃以降、石綿工場に局所排気装置を設置することの義務付けが可能となった段階で、できる限り速やかに、旧労基法に基づく省令制定権限を適切に行使し、罰則をもって上記の義務付けをはかるべきであった」 これらの判決を契機にアスベスト訴訟はその後の道筋が明らかになったといえます。
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