アスベスト被害については、クボタショック(2005年夏)を契機として、「石綿による健康被害者を隙間なく救済する仕組みを構築する」ことを目的に、石綿健康被害救済法が制定されました。これによって、労働者災害補償保険法等の労災保険制度と石綿健康被害救済制度のいずれかによる石綿による健康被害者の「すき間のない救済」が実現することがめざされました。
新たに設立された建設アスベスト給付金制度は、一人親方等も対象とすることによって、労災保険対象者と労災保険特別加入者だけではなく、現行石綿健康被害救済制度の対象者もその対象としています。この給付金制度は、建材メーカーの参加がないことなどの問題もかかえているものの、労災保険制度と現行石綿健康被害救済制度いずれの対象者であっても、格差をつけない平等な給付がなされることになりました。ただし、それがかえって労災保険制度と現行石綿健康被害救済制度との「格差」をあらためて浮き彫りにし、問題解決の必要性を強調することになっています。
クボタショック以降、アスベスト被害について、国や企業に対する損害賠償請求訴訟が相次いで提起されまし。職業ばく露によるアスベスト被害については、国や企業の責任を認める裁判例が集積し、その結果、当該訴訟の原告以外の被害者の救済も大きく前進しています。
(工場労働者等に関する訴訟上の和解による救済
泉南アスベスト国賠訴訟の最高裁判決9において、1958年5月26日から1971年4月28日までの期間中に、石綿粉じんばく露作業に従事した石綿工場等の労働者(職務上、石綿工場等に継続的に立ち入り相当時間作業していた労働者を含む)に対する国の責任が認められました。その後、同様の状況にあった被害者について国との訴訟上和解の途が拓かれ、2021年3月末時点で、全国で被害者約1000人が提訴、約800人が和解しています。救済対象も、石綿紡織工場、石綿建材製造工場などの石綿製品の製造・加工工場の労働者だけでなく、自動車整備工、築炉工、製鉄所や化学プラント、電車車両製造工場など、石綿製品を使用した多様な職種・作業の労働者に拡大しています。
(建設作業者に関する建設アスベスト訴訟と建設アスベスト給付金制度による救済)
建設アスベスト訴訟では、1975年10月1日から2004年9月30日までの期間中(吹付作業者は1972年10月1日から)に、屋内作業に従事した建設作業者(一人親方等を含む)に対する国の責任と、概ね1975年頃から屋内作業に従事した建設作業者に対する建材メーカーの責任が確定しました。
国との関係では、2021年5月17日の最高裁判決11を受けた基本合意により、訴訟係属中の被害者との間で順次和解が成立しています。確定判決及び訴訟上和解により被害者約1000人が救済される見込みです。また、未提訴の被害者については、同年6月9日建設アスベスト給付金制度が創設され、行政施策により国から給付金の支払いが受けられることになりました。厚生労働省は、既に労災等認定を受けた建設作業者約1万人を含め、今後30年後までの給付金対象者は約3万1000人に上ると推計しています。
もっとも、この数字はより大きなものとなる可能性もあります。
アスベスト被害の「指標」とされる中皮腫の日本における死亡者数は、人口動態統計でその数字が把握されるようになった1995年の500人から、2020年には1605人と3倍以上に増加しています。
近年における日本のアスベスト使用量のピークは1990年前後でして、原則使用禁止は2004年です。
疾病発症はばく露から平均で30年後とすれば、被害発生のピークは2020年頃となります。そのため、アスベスト被害は今後15年継続すると思われます(ただし、その後のアスベスト含有建築物の解体等で被害がさらに続く可能性も十分にあります)。
救済法の新規対象者数は漸減していくことも考えられるため、年間の平均認定者数を割り引く必要があります。
過去(2006~2020年)の現行石綿健康被害救済法での新規認定者数の実績は年間平均で1044人であることから、年間の新規認定者数を1000人と予想されます。
年間1000人の新規認定者数が増えていく場合には、15年後には合計人数で1万5000人の被害者数になります。年ごとの支給対象となる認定者数は累積していくことから、15年間での累計人数は年間1000人のケースで12万人となり得ます。おそらくこれが給付申請の最大値ではないかと思われます。
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